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時代屋
 久しぶりなローカルネタ「食べる」遍。

漁師の手料理「時代屋」


古い家を改修して、静かな店舗に変身したよう。

私が注文したのは「てんぷら定食」1,100円




写真では分かりづらいかもしれませんが、ボリュ〜ミ〜な天ぷらの数々。(全部完食でできませんでした)


単品で注文したお刺身(にし貝)

こまぴたっ!
漁師の手料理 時代屋

ご主人は漁師 居酒屋風のお店で魚介に舌鼓
香川県高松市三谷町4958
営業時間:11時〜14時、17時〜22時
定休日:水曜
TEL:087-813-7839 
データは2010/03/09現在のものです。
おすすめレビューを見る
また来たいなと思うお店でした。
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いつもココロに太陽を

(撮影:Y氏)

お遍路ツアーの縁、お大師さまの縁をいただき、美しい日の出に感謝します。




※Y氏へ、たくさんのお写真ありがとうございました。一番気に入った写真をアップさせていただきました。 この場をかり、お礼申し上げます。
戯言 | comments(2) | trackbacks(0)
花畑牧場「生メロンパン」
 ひっ、さしぶりの食べ物ネタ。

日曜日、高松天満屋の北海道物産展へGo!

特にお腹も減っておらず、食後のデザートを物色中。

みっけっ〜
(これが花畑牧場の生メロンパンかぁ・・・・

ぎょっ?!

380円って・・・・・あ〜た〜、お高いパンよのぉ。

ケーキ一個分のお値段。

中身はこんな感じ


お味?


150円〜200円だと「うん、美味しいね」って思う。

380円でこれだと、「他のを買うかな」

というのが嘘をつかない本音トーク。

下の「アルル」のソフトクリームが一番美味しかった♪


ラ・フランスとバニラ。

奢って貰ったのでお値段知らず・・・・(笑)。

アイスやソフトは基本的に食べません。
嫌いではないが、後口が悪いので・・・・。

だけどこれは美味しかった、バニラの甘さよりラ・フランスだけが宜しいかと。
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本山寺・弥谷寺
 次は徳島県西祖谷山で伐採した用材で一夜のうちに建立したとの伝説が残っている、70番札所本山寺(もとやまじ)。

本尊の馬頭観世音、脇仏は阿弥陀と薬師如来である。



仁王門は八脚門。国の重要文化財に指定されている。



弘法大師が―夜のうちに建立されたと伝えられている本堂。境内には「弘法大師一夜建立 本山寺」と書かれている。鎌倉時代に大修復され、昭和30年にも解体修理された。香川県内で唯一の国宝建造物に指定されている。



御本尊の馬頭観世音菩薩、脇仏の阿弥陀如来と薬師如来、その厨子三基とともに国宝に指定されている。本山寺の本堂は、寄せ棟造り、本瓦葺きで鎌倉時代の折衷様式の傑作とされ、屋根のスロープが独特の反りを見せている。
もちろん、国宝に指定されている。




また、本尊の馬頭観世音菩薩は難病に御利益があり、ガンなどの難病が治った霊験が数多くあるという。馬頭観世音菩薩が祀られているのは四国霊場唯一。


この本山寺では、「六文銭」守り1000円が人気だそうだ。
わたくしは買わなかったが、このお守りは長寿の祈祷、不意の災難除け、魔除けの祈願が込められいるそうだ。六文銭は極楽浄土への旅路の路銀として棺桶の中に入れ、初七日の日に渡る三途の川の渡し賃と言われている。

素朴な疑問だが、これを買ったら自分があの世へ旅立つ時「六文銭」を棺に入れてもいいのか???現代ではたしか紙で代用したような記憶があるが・・・・さて。


大師堂

馬頭観世音菩薩って初めて聞いた菩薩さま。どんな仏様かというと「馬が盛んに草を食べるように、人間が持つ悪心、欲求、怒り、悩みを無くしてくれる」そうだ。

また本山寺は、讃岐を襲った土佐の大名長宗我部元親の兵火を免れた数少ない寺院の一つ
 元親が讃岐を襲った時、本山寺にも軍勢が押し寄せてきたが、当時の住職は身を挺してお寺を守り斬られてしまったそうだ。兵たちが境内に入ると阿弥陀如来の右肘から血が流れていたため、兵たちは驚きお寺は焼かずに退散したそうだ。今でも阿弥陀如来の右肘には傷痕が残っており、この伝説から阿弥陀如来は「太刀受けの弥陀」とも呼ばれている。

こういう話を聞くと秘仏とは知りつつも、「見たい」衝動に駆られる。



五重塔

 境内で、ひときは目を引く五重塔は、明治末期の建立だ。
この当時の住職は盲目であったが、八十八ヶ所巡りをし、第59番・国分寺を出て歩いている途中で目が見えるようになったそうだ。
その恩に報いるために堂宇などの復興などを執り行ったという。









本日、打ち止めのなる71番札所弥谷寺(いやだにじ)へ向かう。

この時点で予定より40分遅れとなっており、高松駅18時着は難しいということになった。
お天気が崩れていないだけ、余裕で打てる。

と思っていたが、本日一番の難所?であった

弥谷寺は長い長い階段を上っていくのだ。岩屋寺に比べると半分ではあるが・・・・最後にここはきつかったぁ。

駐車場から仁王門まで370段、さらに本堂まで、170段。


弥谷寺がある標高382メートルの弥谷山は、古くから死者の霊が宿る「仏の山」とされて信仰を集めてきた霊山で、地元では家で死人が出ると死霊を背負う格好をして水場まで登り、降ろして帰る風習が残っているそうだ。現在でもこの山に永代供養をしたり遺骨などを納めたりする人も多いという。
山門までの参道は、「賽の河原」と呼ばれ、死霊が帰る場所ということだ。



弘法大師の学問所としても有名で、大師は讃岐の国の生まれだが幼少の頃に弥谷寺で勉強したとされる。



岸壁には、阿弥陀三尊など多くの仏が刻まれ、これらも大師が刻んだとされている。



岩壁に作られた現在の大師堂の奥の院は「獅子の岩窟」と呼ばれ、弘法大師が幼いの頃、修行した場所として伝わっている。
岩窟の中には、阿弥陀如来、弥勒像、大師像が安置されている。



大師堂は、岩にはめ込まれるように建てられている。大師堂の奥之院は「獅子岩屈」と呼ばれ、ここは大師が幼少の頃に学問に励んだとされる場所。大師像と父母の二像、父は阿弥陀如来の化身として、母は弥勒菩薩の化身として祀られている。



弥陀三尊像など数多くの仏が刻まれており、その数は約8万4千体にも上るという。これらは弘法大師が俊敏大師との法力比べの際に刻んだものと伝えられている。この弥陀三尊磨壁仏に念仏を捧げると、未来に極楽住生が約束されるそうだ。




【私見】

3月のお遍路ツアー、ダメもとで片方の日にちを申し出ていたが、土曜日出発参加者が俄然多く昨日断りの電話が入った。27日土曜日出発である。

25日〜30日までLAとSFへ、また珍道中旅レポしてくる予定。今回はビデオカメラ持参で壮大な自然を撮りまくってこようかと思っている。(ヨセミテ国立公園やアルカトラズ島、できればマイコーゆかりの地も訪ねたいと思うのだが←大ファンなんだ)

ということで、今回わたくしは一足早く打つことにした。
今度は個人で車遍路だ(笑)。決行は20日土曜日、愛車を駆って横峰寺を目指そうと思う。

計画では朝6時に高松を出発すれば横峰寺到着は混み始める時間を避け、山道を走れるだろう・・・・・と思っている。

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神恵院と観音寺
 つづいてのお寺は一粒で二度美味しい、弾山の中腹にある第68番札所神恵院と第69番札所観音寺だ。

同じ境内にある一寺二札所になっている。境内入口の仁王門にも二つの寺名が記され、納経所も同じという珍しいところ。このように一つの境内に二つの札所があるのは四国八十八ヵ所霊場の中ではここだけだ。



 行基がこの地を訪れ、その後には弘法大師が訪れて琴弾八幡の本地仏である阿弥陀如来像を描いて本尊とし、琴弾八幡宮を琴弾山神恵院と名付けて第六十八番札所に、別当寺の神宮寺を観音寺と改称して第六十九番札所に定めたのが始まりだそうだ。

 しかし明治時代の神仏分離令で琴弾八幡宮は四国霊場から外され、八幡宮本地仏は観音寺の西金堂(これが現在の第六十八番神恵院)に移され、かつての東金堂は第六十九番観音寺本堂となり同居の形となったそう。



 現在、神恵院の本堂は、平成14年(2002年)に完成したコンクリート打ちっぱなしの現代的建物になっている。およそ、お寺とは思えない建物であるが、潔い寺として雲辺寺より、気持ちよく詣れる。



真夏はさぞかし暑かろう・・・・。

派手そうに見えるがシンプルに感じるのは多色遣いではないからか。


本堂

 観音寺境内に位置する宝物館には、釈迦涅槃像をはじめ琴弾八幡本地仏像図、琴弾宮絵縁起図などの国の重要文化財に指定された寺宝が数多く安置。これらの寺宝は普段は拝観できないが、毎年1月16日と8月16日の縁日のみ拝観できる。


大師堂

中央にぶら下がっている巨大な数珠が何のためにあるのか、お先達さんも知らなかった。
くるくるっ回したら、高い木の音がするだけで「???」がつく代物である。


そして同じ敷地内にある「観音寺」へ向かう?!

明治の神仏分離令により、琴弾八幡宮の本尊・聖観世音菩薩が観音寺に移されたので、ひとつの境内に2カ寺の札所のひとつだ。



本堂

  朱塗りの本堂、寝姿の釈迦涅槃仏像(全長74cm)、絹本着色琴弾宮縁起などが重要文化財に指定されている。金堂とも呼ばれる本堂は国の重要文化財に指定され、室町時代初期の建築とされる。この本堂には本尊の聖観世音菩薩と薬師如来、阿弥陀如来座像が安置されている。本尊は秘仏とされ拝観は出来ません。


たとえ重文でなくとも昔からある建築物(特に寺)などは残存する努力をすべきである。
(くどいようだが、その点で雲辺寺は・・・・だ)

新しくて良いのは、家電製品と畳ぐらい(消耗品)だ。←と思っている。





大師堂





 巍巍園(ぎぎえん)は書院の背後にある山の傾斜と岩石、流水を上手く利用した回遊式庭園で、ツツジの名所としても有名。第四十五代世大政大僧正道尊和上の作だそうだ。

 本堂左手の石段を登ったところにある薬師堂の傍らから銭型展望台へ向かう遊歩道が続いています。展望台からは、有明浜の砂浜に描かれた周囲345メートルの銭型砂絵「寛永通宝」が眺望できる。


鐘楼

 朱塗りの本堂、大師堂もさることながら、鐘楼の四隅や天井に施された彫刻だ。たしか・・・・雲竜というのが正式なのか?透かし彫りという表現で合っているのか?特にお先達からの説明もなく、見過ごされた名作であった。細密に刻まれていて、実に美しい。見応えは十分にある。


 とにかく圧巻。
ココを訪れた際には、せめて庇下まで入り頭上に広がる「技」をご覧あれ。



 また、大師堂に掲げられている『微雲管』の額も必見だ。微雲管とは、兜卒天(弥勒菩薩が住む浄土)から衆生界を眺める穴のことで、弥勒菩薩は、釈迦入滅後56億7000万年後に衆生を救うために下生するまでの間、衆生が信仰の道に精進しているか否かをその穴から見ていると言われている。つまり弥勒菩薩はお大師様と一緒に私達を見ているという解釈ができる・・・・・・はず。

この鐘楼、いままで見てきた中でずば抜けたものであった。

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大興寺
 67番札所である大興寺(だいこうじ)へ移動してきました。

この頃には時折、晴れ間もみるなど風のない穏やかな午後となっている。

大興寺は弘法大師が本尊薬師如来を刻んで安置し、四国霊場とした。
弘法大師は真言宗だが、この大興寺は昔、真言宗と天台宗の修行道場として栄えたそうだ。

そういうことから、本堂の左右にそれぞれの宗である大師堂があるという、とてもめずらしいお寺だ。


仁王門

仁王門の金剛力士像は、彩色を施した桧材の寄木造りで鎌倉時代の作とされ、作者は運慶と寺伝にはある。しかし一説には頭の部分だけは江戸時代に替えられたものと言われている。

 これには次のような伝説がある。吉三郎との恋仲を反対された八百屋お七は結ばれないことを悲しみ、江戸の町に放火をし処刑されてしまう。残された吉三郎は、お七の冥福を祈り四国遍路に出る。

吉三郎はこの寺の仁王像の首が傷んでいるのを見て、お七の供養として新しい首を納めるために傷んだ首を背中に背負い、修復のための寄付を集めに四国中を歩いたといわれる。

実は金剛力士像だけではなく、仁王門も負けず劣らずの素晴らしい門であり国宝に指定されている。



本堂に向かう途中に、弘法大師が植えたと伝えられている榧(かや)と楠の老樹があった。

小松尾寺のカヤ
胸高幹周 4.1m
樹高 20m
樹齢 1200年余り
形状 自然形
イチイ科の常緑針葉樹
弘法大師四国修行の砌カヤの種子植えられたと伝えられている

と、そばの看板に書いてある。


本堂

寺宝は、「大興寺」と記された木額(扁額)で、文永4年(1267年)の刻印が裏に押されているという。



 本尊である木造の薬師如来像は檜の寄せ木造で平安時代の作とされる。
こちらも61年毎に開帳される秘仏である。また頭巾をかぶった天台大師坐像は鎌倉時代の作ということだ。

ここ大興寺は歴史そのものが今も受け継がれ、素晴らしい状態で保たれていた。

鎌倉時代末期建立の本堂と三重塔、1251年モノの銅鐘、1333年モノの鐘楼、もっと昔にさかのぼれば1190年に建立された重要文化財にも指定されている石造五輪塔などがあるのだ。



 本堂は本瓦葺き、五間四面の入り母屋造り。境内にある三重塔は、本瓦葺き屋根で塔内には、真言八祖の像が描かれている。

 本堂の左手にある洞窟に、八十八箇所霊場と四十九修行場が設けられている都卒天洞や、お山四国八十八箇所霊場、四国三十三観音霊場など見所が多い。本堂と仁王門の間にある湯音石は高さ1mほどの柱で、耳をあてると道後温泉の湯音が聞こえるといわれる。



 本堂内では数十本もの赤いロウソクの炎がゆらめいていた。これは「七日燈明」と呼ばれる秘法で、赤いロウソクに病気平癒、安産、良縁、断酒などの願ごとを書いて奉納すると、7日間ロウソクの火を灯して祈祷してくれるそうだ。参拝出来ない遠方の信者にも好評であろう。



 本堂の前にはお遍路さんがお守りにする不思議な縁起物「三鈷の松」が移植され、松の木の下には「ご自由にお取り下さい」と松葉が箱に収められている。その松葉を持っているとご利益があると言われている。

三本葉松といって、三つに分かれている。
これを財布に入れておくと金持ちなるそうだ、もちろん一つ頂いてきた。

修行は難しい・・・・(般若心経とは「無」=「空」になることが修行であるのに、つい縁起をかつぎ「増減」や「上下」を意識しているわたくしがココにいるのだ)

立派な老樹に囲まれた静かな境内に、これまた物静かな主と出会う。



母フクロウからはぐれた赤ちゃんフクロウだ。

ぱやぱや〜お毛ヶは目立たなくなってきているが、あどけない表情は見てとれる。
大きなお目々でぐるんっ、ぐるんっとクビを回し、とっても愛くるしい。

是非、大興寺に訪れた際には会ってほしいと思う。
境内入って直ぐ右手にいらっしゃいます。

余談だが、毎年4月の第3日曜日には「うどん接待」が催される。本場讃岐のうどんが1日で約800食も振る舞われ、お遍路さんたちから喜ばれているそうだ。

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雲辺寺
 64番札所の三角寺より、バスで移動すること約30分弱でしょうか。

雲辺寺へ参拝するには、ロープウェイが一般的である。健脚な方であれば3時間みっちり歩けば山門まで到着できようかと思う。

どんよりとしたお天気は山頂付近が近くなるにつけ、うっとおしいような色に変化した。
(神秘的と語った方がよろしいであろうか)


(なにも・・・・・見えねぇ)

雲辺寺ロープウェイは、全長約2600m、山麓駅から山頂駅の高低差約660mを毎秒10mというスピードで山頂に到着するロープウェイだ。
定員101名のスイス製ゴンドラの窓越しからは、お天気であれば三豊平野、瀬戸内海を始め、中国地方、そして本州と四国を結ぶ瀬戸大橋の偉容も一望できるという大パノラマが楽しめという、約7分間の空中遊泳だ。(主観ではあるが、太龍寺ロープウェイの方が素晴らしかった)

 山頂に四国霊場第66番札所「雲辺寺」があり、参拝のために訪れるお遍路さんの足として喜ばれている。山麓駅周辺には、雲辺寺門前町としてお食事所や土産物店があり、くつろいで食事をしたり、地元名産品や土産物を取り揃え?参拝客や観光客の目を楽しませているようだ。


(なにげに自己満足した一枚だ。空に浮く乗り場だ)

雲辺寺は標高927mの雲辺寺山の頂上にあるため、山頂は徳島県と香川県の県境になっており、境内は徳島県になる。

雲辺寺は、四国霊場の中では一番の高い所にあるお寺で、「四国高野」とも呼ばれ、遍路泣かせの「遍路ころがし」(難所)だったところ。この時の気温は7度、心配するほど寒さは感じない。

山頂の駅から参道をしばらく歩くと五百羅漢像が立ち並んでいる。残念ながら、この像は比較的新しいもの。わたくしの琴線は無音であった。

さて、そこをさらに進むと、境内に着く。広い境内には本堂、大師堂、護摩道、鐘楼などが建ち並び、杉や檜に囲まれている。よくぞ、こんな山頂に立派なお寺を建てたものだとびっくりしたり感心したり。

この数分後、本堂をみて愕然(下調べをした時の本堂は全く別物になっていたのだ)。



境内は約40ヘクタールの広さを持ち、杉、ひのき、モミ、トガなどの古木に囲まれており、神々しいばかりの霊気をかもし出していた。およそ1200年の歴史を持ち、弘法大師が刻んだといわれる秘仏「千手観音菩薩像」が本尊としてまつられてるのだ。

若干16歳にして弘法大師は自らの誕生の地である善通寺の堂宇建立の為、建築資材を求めてこの山に登ったところ霊気を感じて山中に一堂を建立したのが始まりと伝えられているそうだ。


違和感を感じた本堂であった。

門は堅く閉じられ、「本堂」とある黒御影が際立っている。
ロープウェイを使おうと、歩きであろうと山頂にやっと辿り着き・・・・不似合いなお堂が見えると寂しい限りだ。

この本堂改修工事には1億数千万ほどかけられている。
それも「木」ではなく、RC造・・・・寄付を募り修復しなければならないほどの傷みでは決して無かったはず。アルミやステンレスが使われ、寒々しいばかりの本堂である。





本当であれば扉は開かれており、ご本尊から出ている五色の紐が垂れているそうだ。
この建築にこそ、「世界遺産」に認定されない理由が凝縮されている気がしてならない。


少し晴れ間が出たのでもう一枚撮ってみた。

あるブログにあった、ここでの納経にまつわる話を抜粋しておく。
(歩き遍路の男性二人が改装中に寄った時のことだ)

「雲辺寺はですね、がんばって登ったわりに…的な、ちょっと戸惑いが生まれてしまうお寺です(@_@)。特に、納経を子守の片手間で『ハイハイハイ…』って感じでされた。ご立腹(+_+)。

この納経は聞くとこによりますと、お寺によっては、住職ではなく、字のうまい人間を雇って、寺とはまったく関係のない人間が書いてる寺もちらほらあるらしく…。
この雲辺寺も、僕等より遥かに若い坊主さんみたいな人が納経。インターホン鳴らしたらやっとでてきて、僕らのあいさつにも無反応のまま、適当にサラサラ…と字をかいて、お金を受け取ったらまた走って奥にもどっていく姿勢には、本当にあきれましたね…。

字を書くとき位、そして字を書く前後くらい、どんなに忙しくても、心こめて集中して、なんで書けないんでしょうかねー…

こうやって苦労してたどりついたお寺に限って、苦労がまったく報われない、矛盾だらけの寺ばかりなんですよ…

雲辺寺はいま本堂を改修してますみたいな、看板がかかげてあったけど、僕ら二人が思った素直な感想は、本堂をなおす前に、お坊さんの心を直せと…

結局、お寺のみてくれだけよくして、その反面寄附を募りまくって結局お金お金…そして、きわめつけのずさんな納経…

世界遺産ににならない理由、お遍路をしていたらどんどんわかってきました…

心のこもってないお坊さんの姿や、お金お金のビジネス化したお寺、中には、お寺に泊めさせた女性に乱暴をしたお坊がいるとんでもないお寺の話しもききました…

仏様や弘法大師の遺産にあやかって偽善の限りを尽くす四国霊場の実態…

88ヵ所の寺なら、どんな気に入らない寺でもいかなきゃ一周できないという、『お寺を選べない』ルールもうまく逆手にとってうまいことしやがって…

僕達もその現実の数々に本当に悲しんでますが、1番悲しんでるのは仏様だったり、弘法大師様だと思います…

四国には、そんな仏様や弘法大師を崇めて、真剣に歩いている方々がたくさんいらっしゃいます…

そんな方々を踏みにじるような、お寺やお坊さんの簡素な姿勢は本当に言葉がでませんね…

かといって全部が全部が悪いお寺でもないですし、いいお坊さんやお寺もたくさんありました。
そういういいお寺があるだけに、悪いお寺が目立ちに目立つ…」


苦言を呈する立場にはないかとは思いますが、こんなペーの視点だからこそリアルに伝わることもあるかもしれないと思い、ストレートに。

仕事や学生をしていれば、なかなかまわる機会ってのは巡ってこない四国88ヵ所巡り。
だからこそ、来てよかったなぁ…と思える最高の場所、最高の修行地になってほしい。


大師堂

ここはまだ「お寺らしさ」が残る。



大師堂の右側の至る所に五百羅漢像が建っている。だが哀しいかな、これも新しい感じの像であった。ただ弘法大師が入唐し、はじめて土を踏んだ福建省の五百羅漢院の羅漢像を模しているのだろう。 

大師堂のそばにはマニ車が奉納されている。マニとは如意宝珠の意味で、車にはお経が納められ、それを一度回すとお経を一度唱えたのと同じ御利益があるとされる。



 本堂の左側に、ナスの形をしたブロンズ製の腰掛けがある。
「親の意見と茄子の花は千に一つの無駄もない」との諺が示すように、なすびの花は咲くと必ず実がなるといわれる。実になるナスの花と成すをかけ、ナスに腰掛けて「お頼みなす」と願いを掛けるといつかその願いが実るとされる。



不快な気持ちでお詣りされる方が少しでも減りますよう祈願して詣りました。




さて、下へ降りると食事の時間。
サービスセンターでいただきます。


丁寧なお先達さんの食時作法(じきじさほう)が終わり、いただきますっ。


次は大興寺へ向かう。

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大人の遠足(第12回)
 前日の激しい雨ですっかり涙空となっている土曜日。

合羽も装備、そして一番大事な納経帳を再確認し元気に出発。

今回は60番〜64番を3月にまわし、凍結の心配がない65番三角寺(菩提の道場最後の国)から、71番弥谷寺(涅槃の道場)香川県を打つ。香川県内といえ、7ヵ寺はかなり忙しい巡礼となった。


(三角寺境内の梅)

毎回準備万端にと思いつつ、ココロの緩みでしょうか。お線香を買い足すのを忘れていた。
幸い、気づいたのは集合前だったので急遽コンビニへ。
(こんな時、ほんとうにコンビニってありがたい!と痛感)

まっ、自分の失敗はさておき

情緒ある?梅の写真を皮切りに、駄作ではありますが今回も備忘録として7ヵ寺を記しておきたいと思う。


 菩提の道場最後の札所は、愛媛県の東の端、香川県との県境四国中央市、製紙工場が建ち並ぶ瀬戸内の工業地帯の四国中央市は、四国山脈が瀬戸内の工業地帯に迫る山間部の中腹に位置する第六十五番札所三角寺(さんかくじ)。



三角寺山(450m)の中腹に位置する三角寺は伊予の国最後の霊場で讃岐との関所寺である。

今一度、関所寺とは・・・・・

「心の曲がった者は、罪を怖れてようお詣りしない」と言われている寺ということだ。

現在は道路も整備され車遍路には難所とはいえないが、昔は大変な道中だったことが想像できる。

三角寺は四国霊場の典型的な霊場のひとつである。山手にあり、観光するものが無い、こじんまりした境内、仁王門への石段とまさしく霊場の雰囲気が全面に押し出されている。


72段の石段を上ったところにある山門。

 三角寺の山門には梵鐘が吊るされている。
先ずはこの鐘を一つ撞いて煩悩を振り払ってから境内へ向かうのが作法。


二層造りの屋根、金閣寺造りと呼ばれる珍しい建築様式の本堂は江戸時代の再建、本堂内部に安置された本尊は弘法大師が刻んだと云われる。

十一面観世音菩薩は60年に一度御開帳される秘仏だ。開運厄除、安産、子育ての観音様として信仰を集め、古くから子授け祈願で人気のこのお寺には多くの女性が訪れているそうだ。

 子宝に授かりたい人は、お寺の台所のしゃもじを密かに持ち出し、子宝が授かると感謝の気持ちを込めて新しいしゃもじを2本、本尊に納めていたという。現在はお参りの後、納経所でお願いしてしゃもじを頂くそうだ。

 因みにこの「子授けしゃもじ」は本人が行くと無料だが、代理人の場合は子授けお守りを800円で購入することになる。



大師堂

 寺そのものが興味の対象であるが、なかでも扁額と屋根の庇や軒部分の垂木はわたくしにとっては哀愁と歴史、ロマンを感じさせるディテールで大好きである。

 雨の多い気候条件の我が国では、建物の外壁面の木部、土壁を守るため、屋根の庇(ひさし)を長く、また軒反りを小さくする。つまり、深い軒が要求されるワケで、このような軒は世界でも類を見ないだけに、日本の屋根の美しさの重要な要素となるのだと思う。我が国ほど多彩な屋根を持つ国は見当たらない。中国や西欧では雨風が吹き付けても大丈夫な壁、すなわち壁材に煉瓦や石を使用するので浅い軒で構わないのだ。それゆえ、我が国は「屋根の建築」と言われる所以で、それに反し西欧は「壁の建築」と言われている。
(直ぐに話が脱線する、話をもどそう)



寺には、謙虚と律儀さを兼ね備えた美しさがあると思っている。





ゆえに・・・・・

次に打つ「雲辺寺」本堂を見た瞬間、落胆の色を隠せなかった。

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